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ドラえもんの最終回-1
のび太とドラえもんに別れの時が訪れます。それは、ある日突然に・・・。
青い空には白い雲が浮かんでいました。
のび太がいつものように学校から帰って来た時のことです。
そう、いつものように・・・。
学校では宿題を忘れて先生に叱られたり、帰り道ではジャイアンにいじめられたり、
スネ夫に自慢話を聞かされたり、
未来のお嫁さんであるはずのしずかちゃんが出来杉君との約束を優先してしまったり、
小学生ののび太にとってはパターン化されたイベントの全てが安らかな日常を意味していました。
次のイベントはきっと “ママに叱られる”だったにちがいありません。
「ただいまー!ドラえもん!! あのさー、今日ねぇ・・・。」
そんないつもの風景の中、ドラえもんが動かなくなっていました。
しばらくの間、のび太には状況が理解できませんでした。
喋りかけたり、叩いたり、蹴ったり、しっぽを引っ張ってみたり・・・。
ピクリとも動かないドラえもんを見て、のび太はだんだん不安になってきました。
ようやくのび太にも、動かなくなったドラえもんが今どういう状態にあるのか、
おぼろ気ながら理解できたのです。
その夜、のび太は枕を濡らしました。
暗闇の中、ちょこんと柱を背にして座っているドラえもん・・・。
のび太は眠れませんでした。
泣き疲れて、ただぼんやりしていました。
思いつくことはなんでもやりました。
四次元ポケットに使える道具はないか、手当たり次第に探したりもしました。
でも、何一つ作動する道具はありませんでした。
数々の夢の道具もドラえもんの機能と連動しているのか、沈黙したままでした。
そして、のび太が16回目の寝返りを打った時・・・
「タイムマシンだ!!」
どうして今まで気が付かなかったのでしょう。
未来の世界のドラミちゃんなら助けてくれる。
のび太はパジャマのまま机の引き出しに飛び込みました。
目指すは22世紀、これで全てが解決するはずでした。
「ドラミちゃん!! ドラえもんが!! ドラえもんが!!」
しかし、のび太はドラミちゃんでもどうにもならない問題が発生していることに、
この時点では気付いていませんでした。
いえ、ドラミちゃんでさえ想像もしなかったことでしょう。
「また、お兄ちゃんの事だから、ドラ焼きを食べ過ぎたりしたんでしょう・・・。」
急かすのび太と、状況を楽観するドラミちゃんは兎にも角にも20世紀へ向かいました。
この後、人生最大の試練を味わうことになるとも知らずに。
ドラミちゃんはすぐにドラえもんの故障の原因がわかりました。
正確には故障ではなく電池切れでした。
なんだ、電池を交換すれば・・・。
ドラミちゃんはその時はじめて、その問題に気付きました。
「お兄ちゃんには予備電源がないわ・・・。」
のび太には、なんのことだか分かりません。
早く早く、とせがむのび太の目をジッと見つめながら、ドラミちゃんは静かに尋ねました。
「のび太さん、お兄ちゃんとの思い出が消えちゃってもいい?」
なんと、旧式ネコ型ロボットの耳には予備電源が内蔵されていて、
電池交換時にデータを一時的に保存しておくための電力を供給する役割があったのです。
そして、ドラえもんには耳がない・・・。
のび太もやっと理解しました。
と同時に、ドラえもんとの思い出が甦ってきました。
初めてドラえもんに会った日、数々の未来の道具、過去へ行ったり、未来に行ったり、
恐竜を育てたり、海底で遊んだり、宇宙で戦争したり、鏡の世界に行ったりもしました。
どれもかけがえのない思い出です。
ドラミちゃんは、旧式ネコ型ロボットの機能と規約について、
できるだけ丁寧に説明をしてくれました。
内容はとても複雑でしたが、
“電池を交換するとドラえもんはのび太との思い出が消えてしまうこと”、
“今のままの状態ではデータは消えないこと”、
“第一規約として、ドラえもんの設計者の名前は設計者自身の意向で明かされていないこと”、
“第二規約として、修理および改造は自由であること”
この四つは理解できました。
のび太は人生最大の決断を迫られていたのです。
そして、東の空が白む頃、のび太は自分に言い聞かせるようにつぶやきました。
「ドラミちゃん、ありがとう。ドラえもんはこのままでいいよ。」
ドラミちゃんは一瞬何か言いかけましたが、黙ってタイムマシンに乗り、去って行きました。
のび太が小学6年生の秋のことでした。
数年後、外国留学から帰国した青年のび太のどこか淋しげな目には、
とても力強い意志が宿っていました。
何か大きく謎めいた魅力、昔と変わらぬ眼鏡をさわるしぐさ、
成長したしずかちゃんものび太に惹かれていきました。
その後、彼は最先端のテクノロジーをもつ企業に就職し、
めでたくしずかちゃんとの結婚も果たしました。
あの日以来、のび太は“ドラえもんは未来に帰った”とみんなに告げていました。
そしていつしか、誰もドラえもんのことは口にしなくなっていました。
でも、のび太の家の押入にはドラえもんが眠っていました。
あの日のまま、ずっと・・・。
その日、のび太はロボット技術者としてドラえもんの前に立っていました。
小学生の頃、学校の成績が悪かったのび太ですが、彼なりに必死に勉強しました。
自らの意志で中学、高校、大学と進学し、ロボット工学の分野で確実に力をつけてきました。
就職後、企業でも順調に研究成果をあげ、
世界で最も権威のある大学でロボット工学の博士号を取得するチャンスにも恵まれ、
それを見事にパスして来たのです。
そう、
“ドラえもんを治したい”
その一心で・・・。
人間はある時を境に、突然変わることができるのです。
それが、のび太にとっては“ドラえもんの電池切れ”でした。
“修理が可能であるならば・・・。”
その思いがのび太の原動力でした。
昼下がりの野比家、しずかちゃんは屋上の研究室に呼ばれました。
今までは、のび太から絶対に入ることを禁じられていた研究室に。
「あなた、入るわよ・・・。」
中に入ると、夫は机の向こうで優しく微笑んでいました。そして、机の上には・・・。
「ドラちゃん・・・?」
「しずか、こっちに来てごらん。今、スイッチを入れるから。」
彼の頬をつたう一筋の涙・・・。
その時、しずかちゃんは初めて理解しました。
この瞬間のために、だだそれだけのために、彼はロボット技術者になったのだと。
スイッチパネルに手を伸ばすのび太に、なぜか不安はありませんでした。
自分でも不思議なくらい穏やかな気持ちで、
静かに、そして丁寧に、何かを確認するようにスイッチを入れました。
ほんの少しの静寂の後、長い長い時が繋がりました。
「・・・のび太くん、宿題は済んだのかい?」
ドラえもんの設計者が謎であった理由が、明らかになった瞬間でもありました。
その日も青い空には白い雲が浮かんでいました。
− おしまい −
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2005.1.10(月)更新
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